MyForrest 読みました::その他の本
奇想コレクション
ふたりジャネット
ふたりジャネット
テリー・ビッスン, 中村 融

BADTRIPさんが記事の中
>えぇー! ヤングの『たんぽぽ娘』って、奇想コレクションで復刊されるのですかー!
>どうして今まで誰も教えてくれなかったんだ……。というか、それよりむしろ、何で私は今まで気づかなかったんだろ。1ヶ月も前の情報なのに……。

と仰ってましたが、わたしがテリービッスンの短編集が出てたことに気がついたのは発売から半年経ってからでした。
とほほ・・・
河出書房の奇想コレクション、すばらしすぎるラインナップですがあまり表立って話題にならないのは短編集なせいでしょうか?
最近の早川文庫SFのラインナップがどうしようもない中でこのシリーズは救いです。

「ふたりジャネット」が出ていたことに気づかなかったのには、ビッスンの既刊があっという間に絶版になって長い間その後の情報がなかったせいもあります。
もうあきらめていました。
「熊が火を発見する」が日本語で読める日が来るとは。
でも「世界の果てまで何マイル」は原書を含めて絶版なんですよね。
邦訳の方は持ってて私のもっとも好きな本の一つなので、原書の「Talking Man」が読みたくて探しているのですが。
アマゾンのマーケットプレイスには出てるのですが九千円近くする!


| 読みました > その他の本 | comments (0) | trackbacks (0) |
やさしくない
恩田陸さんの麦の海に沈む果実を読んでいたら、
『守ってあげたいという感情を覚えた−すなわち、本当は守ってほしかった自分たちの傷つきやすい魂を、彼女を通して慰めていたのだ。』
という一文があって、胸がドクンとしました。

傷つくたびやさしくなるのは、傷つくことの痛みを知っているから。
人の傷ついた表情を見ると、裏切られた瞳をみると、つらいのです。
| 読みました > その他の本 | comments (0) | trackbacks (0) |
よつばと!
よつばと!(3)を読みました。
あずまんが大王も楽しい作品でしたが、このよつばとは遙かにそれを凌駕する素晴らしいパワーがありますね。
よつばの笑顔はまさに最強。

今この瞬間、世界中の子供たちがよつばのように笑っていられたら。
それは幸せな世界でしょう。

大人はみなかつての子供たち。
| 読みました > その他の本 | comments (0) | trackbacks (0) |
つつしんで拍手し、四方拝をおこなう <鳥姫伝>
これはわたしが読んだ中でもっとも美しい話のひとつ。
鳥姫伝(ハヤカワ文庫)
バリー・ヒューガート著・和爾桃子訳

出版社 早川書房
発売日 2002.03
価格  ¥ 777(¥ 740)
ISBN  4150203083

bk1で詳しく見る オンライン書店bk1


主人公は十牛。力自慢。
彼の住む村で子供たちが原因不明の悪疫で倒れるという事件が発生した。
なんとか子供たちを救ってくれる人を見つけようと北京へ行った十牛が出会った老人は、かつてはその名をはせた賢者、李高。
「姓は李で名は高。玉にきずとはわしのこと」
世たけて博識、されどとんでもないひねくれ者の李高とその依頼人、気は優しくて力持ちを地でいく世間知らずの十牛のコンビが、架空の中国世界を舞台に子供の悪疫をきっかけに終いには天上をも巻き込んだ大事件を駆け抜ける。

一応唐代の話となっていますが、その中に何故か秦がのこっていたりかなりめちゃくちゃです。
明らかにこの辺は作者はわかって遊んでいます。
それがたとえばキルビルに出てくる日本描写と違うところは、その東洋的な感覚というか心情というかそういうものの描かれ方。
猥雑として活気にあふれた風俗描写。そこに生きる人たち。とても中国的というかアジア的な情感があふれています。
こういうのは欧米の人にはない感覚だと思っていたので、とてもアメリカ人が書いた話とは思えない。(←偏見)
訳者の語り口もそのような作風にあっていて絶妙で、十牛を初めとした登場人物が生き生きとしています。
逆に読み始めはその泥臭さ、卑雑なところになじめないかもしれません。
でもしばらく我慢して読んで欲しい。慣れてくれば十牛と李高のコンビがとても愛しくなってくるはず。
それでもなじめなかったら・・・とにかく最後まで読んでください。
この作品の最大の魅力はなんと言ってもそのクライマックスの美しさにあるのですから。

ドタバタと中国を股にかけて奔走する彼ら。
張り巡らされた伏線がぴたりとはまる、その瞬間。

読者はそれまでの猥雑で卑近な人の視点から、突如として天の視点、神の視点へと引き上げられる。
鳥姫は翼を取り戻し、天へと帰る。
世界は眼下に広がり、祝福と喜びに満ちあふれる。、
ほんとうにわたしはこれより美しいシーンというものを知りません。
それまでとの落差がこの美しさに拍車をかけます。


わたしが神様家族を初めて読んだとき一番最初に思い浮かんだのがこの鳥姫伝でした。
前半のベタベタでお約束な展開。
神様家族は記号的な萌え。鳥姫伝は中国的な猥雑さ。
それがクライマックスで一気に神の視点へと引き上げられる快感。
神様家族のあのバイクのシーン。その瞬間、わたしは確かに空を飛んでいる。
そして訪れる奇跡・・・
物語の底辺に確かに流れるやさしさ、切なさ、悲しみ。
それでいてそこにいる人たちは底抜けに楽天的なのです。
神様家族はライトノベル界の鳥姫伝、そんな読み方もあると思うのです。

追記

わたしがあのクライマックスをことのほか美しいと思うのは、小さな頃からある空を飛びたいという願望ゆえかもしれない。
「翼をください」あれはとてもいい歌だと思いませんか?
| 読みました > その他の本 | comments (1) | trackbacks (0) |
それはきずある石ときずある花の恋の物語 <霊玉伝>
『そして花は石に恋をした。花は、もし地上に生まれ変わることがあれば、悲しみや憂いのない天に戻ろうなどと思わず、悲しみのもとをたどると誓い、心から涙を流すと誓った。』

霊玉伝(ハヤカワ文庫 FT 330)
バリー・ヒューガート著・和爾桃子訳

出版社 早川書房
発売日 2003.01
価格  ¥ 777(¥ 740)
ISBN  415020330X

bk1で詳しく見る オンライン書店bk1


鳥姫伝に続く2作目

李高の弟子となった十牛、彼らが新に挑むのは哀谷の寺で起こった事件だった。
恐怖の表情のまま死んだ僧、彼が持っていたという司馬遷の手記の贋作、かつての暴君「笑君」とその一党がよみがえったのか?
手がかりは笑君が求めていたという石。
その過程で彼らは暁愁と月童という、ふたりで一人、一対となる男女と出会う。
物語は例によって右往左往。
中国全土を股にかけ果ては地獄まで(李高曰く、それは自分の内奥への旅)
地獄の番人たちさえも舌先三寸であしらい、辺境に君臨する王とその近衛の美女軍団とわたりあう。
前作よりもさらにむちゃくちゃに、さらにお下品に。
一見迷走しているような個々の事柄が最後の一点に向かって収束していくとき。
再び奇跡はおこり。
きずのある石と花は再びめぐりあい、花の涙は石を洗う。

月童がすごい。
この世のものとは思えぬ美男子で、音楽の天才。
しかし彼は男色に目がないのであった。
通りがかった村の道士が叫ぶ。
『男の子を隠せ!男どもを隠せ!山羊とろばを隠せ!』
地獄で身の丈十尺はある鬼に見つかりもはやこれまでとなったとき、彼はすすみ出て鬼のあごの下をくすぐりこう言う
『おいでよ、かわいい人』
そして草むらの影にふたりで消えていくのであった。
その後の月童の言葉とそれを聞いた僕=十牛の反応。
『「地獄ってのは」と言う。「まったく体に悪い。たびたび来なくちゃ」僕は美青年に向かって三拝九叩頭した』
まったく。

悪にして無垢な月童の手綱を取れるのは、暁愁だけ。
彼女も純粋だが月童と違い辛苦のあとが見られ、強く優しい。
彼女には昔の記憶がなく、わかっているのは月童と暁愁の魂は強く結びついていると言うことだけ。
ふたりは魂の双子なのだ。

暁愁に惚れている十牛は初めそんな月童に嫉妬するが、やがてふたりの関係を理解する。
李高と十牛、暁愁、月童。
彼らが夢見るのは北京の李高の家で家族として暮らす幸せな日々・・・

一見無関係な様々な出来事が一点に集約していくプロットは相変わらず見事。
ただスケールの壮大さ、物語の造形の華麗さという点では前作に一歩譲るでしょう。
やや地味に感じるかもしれません。
クライマックスは前作ほどの壮大さがありません。
しかし、物語を通じて背景に流れる美しくも哀しい、素朴で力強い月童と暁愁の奏でる歌。
クライマックスの厳かで、静かに胸をうつ感動。
鳥姫伝、霊玉伝、八妖伝と続く3部作のなかでもっとも切ない愛の話。
いちばん好きな話です。

李老師曰く
『若いもんはみなそうじゃ。この世のすばらしいものをわが手につかんだと思うと、あとから見れば手の中で粉々に砕けとる。耳で聞こうと思うな、心で聞け。心の穴に気を集中して、いちばん痛む方向をたどるがいい」
若者よ、心のいちばん痛むところを目指せ
| 読みました > その他の本 | comments (1) | trackbacks (0) |
1/2 >>